「観光情報」の記事一覧

【初詣に行こう:02】那智山青岸渡寺

初詣に行ける近場の神社仏閣をご紹介する「初詣に行こうシリーズ」。
本日ご紹介するのは、西国三十三番札所の一番札所としても有名な「那智山青岸渡寺(なちさんせいがんとじ)」です。
天台宗の寺院で、ご本尊は如意輪観世音菩薩になります。
ここも世界遺産の一つに含まれてるんですねぇ(*’ω’*)

那智山青岸渡寺

伝承では仁徳天皇の時代(4世紀)、天竺(インド)から渡来した裸形上人による開基とされ、同上人が那智滝の滝壺で得た金製の如意輪観音を本尊として安置したといわれています。

中世から近世にかけては、隣接する熊野那智大社とともに神仏習合の修験道場でしたが、明治時代に神仏習合廃止令で神社とお寺に分離しました。
「本堂」は推古天皇の時代に創建されたといわれていますが、現在までに数回改築されています。
現存の本堂は、織田信長の軍勢に焼き討ちされた後、豊臣の弟・秀長が再建させたものです。

歴史的には熊野那智大社と同じぐらい古いはずなのですが、見た目の雰囲気は青岸渡寺のほうが古く感じます。
熊野那智大社とは隣接していますので、一緒に参詣頂けます(*’ω’*)
お正月にお越しのお客様は、ぜひ行って見て下さい。

◆◆◆那智山青岸渡寺
場所:那智勝浦町那智山(500段近い石段を登ります)
かつうら御苑からの所要時間:お車で15~20分程度

【初詣に行こう:01】熊野那智大社

本日の那智勝浦はお天気もいいので、綺麗な星空がご覧いただけると思います(*’ω’*)
ロマンチックな夜空の下、ぜひぜひ温泉でゆっくりお寛ぎください♪

さてさて、クリスマスが終わればすぐお正月!
お正月といえばやっぱり初詣ですよね。
お願い事をしたり、目標を新たに誓ったり……心を切り替えて、一年のスタートを切りたいものです。
簡単にではありますが、かつうら御苑近辺で、初詣に行ける神社仏閣を年末までにご紹介していきたいと思います。

熊野那智大社

まず一番最初にご紹介するのは、「熊野那智大社」です。
世界遺産にもなっている、熊野三山のひとつとしても知られています。

主祭神は「熊野夫須美神(くまのふすみのかみ)」イザナミノミコト。
”結びの神様”といわれることから『縁結び』を連想する方が多いのですが、願いを結ぶ、(恋愛以外の)人との縁を結ぶ、といった意味合いが大きいのだそうです。
また、女性の神様ということで、私が子どものころは『カップルで那智山に行くと、神様がやきもちを焼いて別れることになる』という都市伝説(田舎ですが……)があったのですが、神主さんいわく『神様はやきもち焼きません』とのこと(*´ω`*)
まあうん……そうですよね……。

お参り順序としましては、除夜の鐘がなり始めるころに家を出て、那智大社にお参りして、隣の青岸渡寺にもお参りして、帰りに那智の滝に寄って来るのが地元民コースです( ´▽`)
(私は寒いので那智の滝は省きます……)
お正月にお越しのお客様は、ぜひ行って見て下さい。

◆◆◆熊野那智大社
場所:那智勝浦町那智山(500段近い石段を登ります)
かつうら御苑からの所要時間:お車で15~20分程度

【熊野古道を歩こう】11~なでしこジャパン記念モニュメント《2》

国道42号線から那智の滝方面へのびる「県道46号線」に沿ってご紹介していく、【熊野古道を歩こう】シリーズ(*’ω’*)
前回ご紹介しました「大門坂駐車場」内の「なでしこジャパン記念モニュメント」後編です。

なでしこジャパン記念モニュメント

モニュメントの下部分には、監督や選手の足型(キーパーは手形)とサインが刻まれています。
一枚目! 右下の足跡は佐々木監督ですね(*´ω`*)

なでしこジャパン記念モニュメント

あとはサッカーに詳しくない方でもご存知な澤選手の足跡も載せておきますね!
パワフルに活躍した選手の方々ですが、やはり女性。
写真を撮る人々も「案外(足のサイズが)小さいな~」と驚いていました。

なでしこジャパン記念モニュメント

モニュメントの横には、優勝したドイツ大会の成績と写真もついています♪
このモニュメントを見るためだけに……というほどのものではありませんが、熊野古道を歩く前に、ちょこっと記念撮影にいかがですか?

◆◆◆なでしこジャパン記念モニュメント
場所:JR那智駅から那智山方面へ(大門坂駐車場内) 県道46号線沿い
かつうら御苑からの所要時間:お車で15分程度

【熊野古道を歩こう】11~なでしこジャパン記念モニュメント《1》

国道42号線から那智の滝方面へのびる「県道46号線」に沿ってご紹介していく、【熊野古道を歩こう】シリーズ(*’ω’*)
本日ご案内するのは、前回ご紹介しました「大門坂駐車場」内にある「なでしこジャパン記念モニュメント」です。

なでしこジャパン記念モニュメント

なでしこジャパンの2011年FIFA女子ワールドカップ優勝とロンドンオリンピック銀メダルを記念して、今年2015年の7月に完成したそうです。
(ドイツ大会優勝を受けて計画されたものなのですが、紀伊半島の豪雨災害で一時中断していたそうです)

なでしこジャパン記念モニュメント

モニュメントのてっぺんには、黄金のサッカーボールを蹴ろうとするヤタガラス(*’ω’*)
足三本あるんだけど、サッカー的にはこれはアリなんでしょうか?(笑)

なでしこジャパン記念モニュメント

ところで「なんで那智勝浦にサッカーのモニュメントがあんの?」と不思議に思われる方もいらっしゃると思います。
モニュメントに説明文が載っているのですが……

日本における現在のサッカーの起源は東京高等師範学校であり、その生みの親といわれるのが中村覚之助(かくのすけ)氏である。
中村覚之助氏は明治11年に那智勝浦町浜の宮で生まれ、東京高等師範学校在籍時の明治35年に、英国の文献を元に「アッソシェーション・フットボール」を編纂して、ア式蹴球部を創設した。
これが現代日本における現代サッカーの始まりである。
 
日本サッカー協会のシンボルマークの三本足の烏は、中国の古典にある三本烏となっているが、日本においてはまぎれもなく八咫烏(やたがらす)である。
八咫烏は神武天皇東征の際に、大和へ道案内した熊野の守護神であり、勝利へ導く遣いとされている。(以下略)

現代サッカーの生みの親の中村覚之助さん、意外と近所の人だったんですね……。
案外うちのご先祖と、どこかですれ違ったりしてたかもしれません。
中村覚之助氏の出身地であること、この地に馴染み深い八咫烏が『勝利に導く遣い』であることから、ユニフォームのデザインにも採用されたのですね。

モニュメントの下部分には、佐々木監督や選手の足型、手型が刻まれているのですが、そちらの紹介は後日したいと思います(*´ω`*)

【熊野古道を歩こう】10~大門坂駐車場《1》

早いものでもう12月!
みなさまクリスマスや年末の準備でお忙しいことと思いますが、いかがお過ごしですか?
さてさて、国道42号線から那智の滝方面へのびる「県道46号線」に沿ってご紹介していく、【熊野古道を歩こう】シリーズ(*’ω’*)
本日ご案内するのは「大門坂駐車場」です。

大門坂駐車場

「熊野古道」は、熊野詣に使用された道の総称であり、わりと色々なところに点在しています。
(今ではなくなってしまった道も多いので)
那智勝浦に来られる方が「熊野古道」というと、一般には昔の面影を色濃く残した『大門坂(だいもんざか)』のことをいいます。
テレビやポスターなどで、ご覧になったことがある方も多いかと思います。

大門坂駐車場

駐車場は乗用車100台程度が駐車可能です。
もちろん無料ですよ~。
これから先、お手洗いや自販機は当分ありませんので、徒歩で熊野古道・大門坂を歩かれる方は、大門坂駐車場で準備をなさってからご出発くださいね(*’ω’*)

◆◆◆大門坂駐車場
場所:JR那智駅から那智山方面へ 県道46号線沿い
かつうら御苑からの所要時間:お車で15分程度

【熊野古道を歩こう】9~文明の岡

今日は朝から「伊勢海老祭り」が開催されていましたが、行かれた方はいらっしゃいますでしょうか?
私も行きたかった~!

文明の岡

さてさて、国道42号線から那智の滝方面へのびる「県道46号線」に沿ってご紹介していく、【熊野古道を歩こう】シリーズ(*’ω’*)
本日ご案内するのは、前回ご紹介した『市野々王子』が元々あったといわれる『文明の岡』です。

市野々王子から100メートルほど旧道をのぼって右手側。
天照大神影向石(ようごういし。神様が一時姿を現す石)があります。
ここは「お杉屋」と呼ばれていて、建てかけの未完成の家「お仮屋(おかりや」を建て、ウガヤフキアエズノミコトをお祭りしてきたそうです。

終戦の頃までは、毎年お祭りしていたそうですが、終戦後、廃止されたとのこと。
市野々王子は「文明の岡」旧社地があり、江戸時代に移動した説があります。
市野々王子からこの文明の岡の間に小学校がありますが、ここの校章もヤタガラス(*´ω`*)
今まで意識してなかったけれど、いろんなところに歴史を感じる場所がありますね。

◆◆◆文明の岡
場所:那智勝浦町市野々地区 JR那智駅から那智山方面へ
(市野々小学校から数十メートルのぼったあたり)
かつうら御苑からの所要時間:お車で10分程度

【熊野古道を歩こう】8~市野々王子神社《2》

国道42号線から那智の滝方面へのびる「県道46号線」に沿ってご紹介していく、【熊野古道を歩こう】シリーズ(*’ω’*)
本日は、前回の市野々王子の続きです。

鳥居のそばには真新しい案内看板と「市野々王子押印所」と銘打ったものが……(´д`*)
案内看板には日本語と英語で由来が書かれている他、観光案内が携帯端末で見られるQRコードも載っています。
おおぅ、現代的!

市野々王子

「市野々王子押印所」の中の扉を開けると記念スタンプが入ってます。

市野々王子

市野々王子

スタンプの図柄はこんな感じ!
真っ白な紙を持ってなかったもので、メモ帳に押してしまいました。
社の後ろに繁っている木々がいい感じです(*´ω`*)

一説には、市野々は神様の使いといわれる八咫烏(やたがらす)の子孫が住むといわれています。
(市野々王子の近くにある、市野々小学校の校章も八咫烏です)
また、市野々王子はもとからここにあったという説と、100mほど上手にある「文明の岡」と呼ばれる所に旧社地があり、江戸時代にここに移されたのだという説があります。
次回は文明の岡を紹介したいと思いますo(^-^)o

◆◆◆市野々王子神社
場所:那智勝浦町市野々地区 JR那智駅から那智山方面へ
(市野々小学校から数十メートルくだったあたり)
かつうら御苑からの所要時間:お車で10分程度

【熊野古道を歩こう】7~市野々王子神社《1》

国道42号線から那智の滝方面へのびる「県道46号線」に沿ってご紹介していく、【熊野古道を歩こう】シリーズ(*’ω’*)
第7回は再び史跡系!( ´▽`)ノ
熊野九十九王子のひとつ、『市野々王子(いちののおうじ)』をご紹介いたします。
前回ご紹介しました『尼将軍供養塔』から、旧道を数百メートルのぼったところにあります。

熊野曼荼羅

熊野曼荼羅でいうとこのあたり。

市野々王子神社

創建は明らかではありませんが、古くから熊野那智大社の末社でした。
天仁2年(1109年)に熊野に参詣した藤原宗忠(ふじわらのむねただ)参詣記『中右記』には「一野」、承元4年(1210年)に後鳥羽上皇の後宮・修明門院の参詣記には「一乃野」の名で登場しています。
平安後期~鎌倉時代にはあったということですねぇ……あそこそんなに歴史あったんだ(;´Д`)

市野々王子神社

那智参詣曼荼羅では、二の瀬橋のすぐ手前に描かれている小社が市野々王子だろうと推定されています。
『紀伊続風土記』では、往来する多くの参詣者を相手に市が立ったことが社名の由来であるとしていますが、室町時代から戦国時代の史料は「一野」。
市野々と呼ばれるようになったのは近世のことだそうです。

市野々王子神社

鳥居をくぐった先、境内に祀られているのは地主八咫烏神社。
神様の使いといわれる、三本足の八咫烏(やたがらす)が祀られています。
今ではサッカー日本代表のユニフォームのマークとしても知られていますよね(*’ω’*)

市野々王子神社

元々自然がいっぱいの場所ではあるのですが、境内はうっそうと繁った木々にかこまれてとっても静か。
心なしか空気も澄んでいるように感じます。
次回に続きます( ´▽`)ノ

◆◆◆市野々王子神社
場所:那智勝浦町市野々地区 JR那智駅から那智山方面へ
(市野々小学校から数十メートルくだったあたり)
かつうら御苑からの所要時間:お車で10分程度

【熊野古道を歩こう】6~尼将軍供養塔

国道42号線から那智の滝方面へのびる「県道46号線」に沿ってご紹介していく、【熊野古道を歩こう】シリーズ(*’ω’*)
第6回は再び史跡系のご紹介をしたいと思います。

前回ご紹介しました『田んぼのそばの温泉』から県道にもどり、那智山方面へ1キロ程度。
右手に少し開けた場所があり、平成23年の台風第12号の災害で亡くなった方の慰霊碑が建てられています。
(左手に流れているのは那智参詣曼荼羅にも描かれている『那智川』です)
なお、慰霊碑のあるあたりは『魚の首(うおのくび)』という名前がついています。
昔、大地震で津波が起こり、引いた後に、木々の枝に魚の首がひっかかっていた ……というのが由来なんですって。
町内でも本当に近辺の人しか言わないみたいで、勝浦の人には「何その怖い名前!」と言われます(|||´Д`)

ちなみに魚の首までが井関地区、魚の首以降が市野々地区になります。
閑話休題。 その魚の首から右手の道に入ると、旧道になります。
「ふだらく霊園」という看板を通り過ぎた後、旧道からさらに右手に登る道があり……
写真は入り口部分ですが、ここを登ったところに『尼将軍供養塔』があります。

尼将軍供養塔

『尼将軍』とは、ご存知、源頼朝の正室・北条政子のことです。
夫の死後、出家してからも政治の実験を握ったとして有名ですね(*´ω`*)
この供養塔は、北条政子が病がちな我が子・源実朝の平癒を願って、建保6年(1218年)に建立されたと伝わっています。
地元では祠自体が『尼将軍』と呼ばれていて、石に願い事を書いて納めれば叶うと言われています。

◆◆◆尼将軍供養塔
場所:JR那智駅から那智山方面へ 県道46号線から市野々旧道にはいったところ
かつうら御苑からの所要時間:お車で10分程度

【熊野古道を歩こう】5~田んぼのそばの温泉

国道42号線から那智の滝方面へのびる「県道46号線」に沿ってご紹介していく、【熊野古道を歩こう】シリーズ(*’ω’*)
第5回はすこーしだけ県道から外れた場所に移動いたします。

たらいの温泉

前回ご紹介した川関のカーブの温泉から数百メートル先の、井関地区。
県道から少し右に入ったところの田んぼが広がる地域(通称:田んぼ道)にも温泉が出ています♪

昨年、毎日放送の「ちちんぷいぷい」の「昔の人は偉かった」コーナーで紹介されてから、ちょいちょい観光に来られた方が場所を聞いて来られるようになりました。
番組では通称「たらいの温泉」と紹介されましたが、これもやっぱり地元の人は好き勝手呼んでおりまして、「井関の温泉」だとか「田んぼ道の傍の温泉」だとか色々な表現がされています。

ここも50年以上前からあるそうです。
(親に確認しているだけなので、はっきりした数字は不明です。すみません(;´Д`)

ただここ、場所が分かりづらく……(地元民以外に分かる目印がないので)
目印的には川関のカーブの温泉の後、数百メートル直線を走って、右にゆるいカーブを曲がった先になります。
周辺で地元の方に聞くのが一番確実です、たぶん……。
あと、Googleマップでは県道43号線と表示されているのでご注意ください。
(浜の宮地区~井関地区あたりまでの県道は、43号線と46号線が重複しています)

勝浦町内には、当館のような温泉旅館の他、立ち寄り湯、整備された足湯もたくさんありますが、こうした自然のままに湧いている温泉もいいものですよ~(*´ω`*)

◆◆◆井関のたらい温泉
場所:JR那智駅から那智山方面へ 県道46号線沿い
かつうら御苑からの所要時間:お車で6分程度